大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 平成8年(オ)497号 判決 1998年5月26日

上告人

土井善治

右訴訟代理人弁護士

中谷茂

山口勉

前田基博

被上告人

山本産業株式会社

右代表者代表取締役

山本春彦

右訴訟代理人弁護士

峰島徳太郎

主文

原判決中上告人敗訴部分を破棄する。

前項の部分に関する被上告人の請求を棄却する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人中谷茂、同山口勉、同前田基博の上告理由第一点一の1及び第二点について

一  原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

1  上告人は、平成三年三月一五日、Aから強迫を受けて、被上告人との間に、上告人が被上告人から三五〇〇万円を弁済期日同年六月一五日、利息年三割六分の割合等の約定により借り受ける旨の本件消費貸借契約を締結した。この際、上告人は、Aの指示に従って、被上告人に対し、貸付金は北斗道路株式会社の当座預金口座に振り込むよう指示し、被上告人は、これに応じて、利息等を控除した残金三〇三三万七〇〇〇円を、右口座に振り込んだ。

2  上告人は、平成六年二月二四日、被上告人に対し、Aの強迫を理由に本件消費貸借契約を取り消す旨の意思表示をした。

二  本件において、被上告人は、上告人は本件消費貸借契約に基づき給付された金員につき悪意の受益者に当たるとして、民法七〇四条に基づき、被上告人が北斗道路の当座預金口座に振り込んだ金員のうち二九四一万七九一七円及びこれに対する上告人が悪意となった日の後である平成三年六月一六日から支払済みまで年一割五分の割合による利息の支払を求めている。

原審は、被上告人が前記のとおり振込みを行ったのは上告人の指示に基づくものであったから、上告人は右振込みに係る金員の交付を受けてこれを利得したというべきであるなどとして、被上告人の不当利得返還請求について、利息の割合を民法所定の年五分として、これを認容した。

三  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

消費貸借契約の借主甲が貸主乙に対して貸付金を第三者丙に給付するよう求め、乙がこれに従って丙に対して給付を行った後甲が右契約を取り消した場合、乙からの不当利得返還請求に関しては、甲は、特段の事情のない限り、乙の丙に対する右給付により、その価額に相当する利益を受けたものとみるのが相当である。けだし、そのような場合に、乙の給付による利益は直接には右給付を受けた丙に発生し、甲は外見上は利益を受けないようにも見えるけれども、右給付により自分の丙に対する債務が弁済されるなど丙との関係に応じて利益を受け得るのであり、甲と丙との間には事前に何らかの法律上又は事実上の関係が存在するのが通常だからである。また、その場合、甲を信頼しその求めに応じた乙は必ずしも常に甲丙間の事情の詳細に通じているわけではないので、このような乙に甲丙間の関係の内容及び乙の給付により甲の受けた利益につき主張立証を求めることは乙に困難を強いるのみならず、甲が乙から給付を受けた上で更にこれを丙に給付したことが明らかな場合と比較したとき、両者の取扱いを異にすることは衡平に反するものと思われるからである。

しかしながら、本件の場合、前記事実関係によれば、上告人と北斗道路との間には事前に何らの法律上又は事実上の関係はなく、上告人は、Aの強迫を受けて、ただ指示されるままに本件消費貸借契約を締結させられた上、貸付金を北斗道路の右口座へ振り込むよう被上告人に指示したというのであるから、先にいう特段の事情があった場合に該当することは明らかであって、上告人は、右振込みによって、何らの利益を受けなかったというべきである。

そうすると、右とは異なり、上告人の指示に基づき被上告人が北斗道路に対して貸付金の振込みをしたことにより上告人がこれを利得したとして、被上告人の不当利得返還請求の一部を認容すべきものとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は現判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由があり、その余の論旨について検討するまでもなく、原判決中右請求の一部を認容した部分は、破棄を免れない。そして、右部分について、被上告人の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないから、これを棄却すべきである。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官千種秀夫 裁判官園部逸夫 裁判官尾崎行信 裁判官元原利文 裁判官金谷利廣)

上告代理人中谷茂、同山口勉、同前田基博の上告理由

第一点 原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。

第三者の強迫による金銭消費貸借契約締結により交付された金員についての不当利得について

一、原審には、法令適用の誤りがある。

すなわち、原判決は、「右のとおり、控訴人は本件消費貸借契約の成立時に、少なくとも、三〇三三万七〇〇〇円(北斗道路の当座預金口座に振込まれた金額)の交付を受けたところ、本件消費貸借契約が取消されたことにより、同金額を法律上の原因なくして利得したものというべきである。」とされる(原判決、一八枚目裏四行目乃至八行目)。

しかし、原判決が、本件消費貸借契約について、強迫による取消を認められたことは極めて正当であるが、取消後の関係について、控訴人(上告人)に利得を認めたことは、民法第七〇三条の適用を誤ったものである。

原審は、第三者が、強迫(恐喝)により、被強迫者(上告人)に、金銭消費貸借契約を締結させ、右金銭消費貸借契約に基づく貸付金・「利得」を(直接、貸主から自己点恐喝者宛に送金させる方法で)、すべて喝取し、その後に、被強迫者が、右金銭消費貸借契約を取消したと、第三者の強迫(恐喝)による当該第三者の喝取を事実認定されながら、被強迫者に尚、貸付金による「利得」があると、法令適用を誤られる。

1 本件・第三者の強迫(恐喝)による当該第三者の喝取

(一) 原審事実認定による事件の概要

(1) (第三者・Aの強迫による金銭消費貸借契約の締結)

被強迫者・善治(上告人)が、第三者・Aに、強迫(恐喝)され、山本産業と金銭消費貸借契約を締結さされ、右貸付金につき、現実の交付もうけず、単に形式上の貸付金の借主とされた。

(2) (第三者・Aによる金銭消費貸借契約の金員の喝取)

被強迫者・善治が、第三者・Aに、

① 当初の強迫(恐喝)された状態のまま、意思の自由を奪われ、右貸付金について、その管理も、処分もすることもできず、法律行為も、事実行為もできない状況において、

※ (1)と(2)①の段階において

被強迫者・善治には、不当利得の「利得」はない。

被強迫者・善治には、事実上の「利得」も、実質上の「利得」もない。

右は、学説においても、異論はないと思われる。

②  特定されたままの貸付金につき、現実に、山本産業から、被強迫者・善治には交付させず、排除し、恐喝者・Aが自ら、(その配下の酒井種夫に指示し)A(の支配する右手続をした酒井種夫が代表取締役をする北斗道路)に銀行送金による方法で、喝取した。(第三者・Aのみが、強迫(恐喝)により、右特定された右金員について、その管理も、その処分も、法律行為も、事実行為も為し、即ちその支配下において喝取した。)

※ ②の段階において

被強迫者・善治には、不当利得の「利得」もないが、「現存利益」もない。

※ 右は、学説においても、異論はないと思われる。

不可抗力による滅失

「受けた利益」がそれ自体まだ特定している間に減失した場合、たとえば、現行から借りた金が帰途強奪されたとか、取得した金銭を預金した銀行が破産して回収不能となったとか、たまたま富くじの誤払いを受けたために世界旅行をしたとかいうような、「受けた利益」の中だけからしか支出のしようのない性質の浪費の場合などには、利得は現存しないといえよう。」(旧注釈民法(18)・田中整爾・四八〇頁有斐閣)

※ 右送金指示者の事実認定において、原審は、酒井種夫及び被強迫者・善治が、山本産業に指示したと認定されるが、被強迫者・善治は、山本産業に指示した事実はない。仮りに、被強迫者・善治が指示したとしても、終局的には、恐喝者・Aが、被強迫者・善治に命令指示したものであり、恐喝者・Aが指示していることにはかわりない。

(3) (被強迫者・善治による取消)

その後に、被強迫者・善治が、第三者の強迫を理由に、(1)の金銭消費貸借契約を取消した。

※ (3)の段階において

被強迫者・善治には、不当利得の「利得」はなく「悪意者」にもならない。

右は、学説においては、異論はないと思われる。

※ 典型的な第三者の強迫による、当該第三者・Aの喝取のケースである。

強迫者・Aは、被強迫者・善治を強迫(恐喝)し、金銭消費貸借契約を締結させたが、当初より、被強迫者・善治に、貸付金を「利得」させる意図・意思は全くなく、被強迫者・善治を強迫(恐喝)し、意思の自由を奪い、且つ直接、山本産業より、A宛に、貸付金を、送金させ、被強迫者・善治に手もふれさせず、全て恐喝者・Aが、右貸付金を、「利得」・喝取した。

※ 山本産業から、被強迫者・善治への貸付金の移転は、事実上においてなされていない。Aが(その配下の酒井種夫に指示し)、貸付金について、山本産業から、A自身(詳しくは、支配する北斗道路)に、直接銀行送金の方法において、事実上の移転がなされた。

(二) 民法第七〇三条の「利得」について

(1) 民法第七〇三条の「利得」者について

本件は、民法第七〇三条の「利得」の問題であり、被強迫者・善治は、貸付金について「利得」そのものをしていない。

(2) 利得者は、利益が事実上帰属した者である。(我妻栄、民法講義九六三頁、岩波書店)

本件の被強迫者・善治には、利益が事実上、帰属していない。

被強迫者・善治は、貸付金につき、事実において、恐喝者・Aに強迫(恐喝)され、意思の自由を奪われ、且つ、強迫者・Aが、貸付金を直接、山本産業からAに送金手続方法により、管理も処分も法律行為も事実行為もできず、支配そのものができず、貸付金の利益が事実上帰属したことはない。

本件、利益が事実上帰属しているのは、第三者・Aである強迫(恐喝)者である。

(3) 「利益を受け」とは、事実上の「積極的利得」と事実上の「消極的利得」とに分析される。

本件被強迫者・善治には、事実上の「積極的利得」も、事実上の「消極的利得」もない。

① 第三者・Aである恐喝者が、被強迫者・善治を、強迫(恐喝)し、金銭消費貸借契約の借主とさせ、尚、強迫(恐喝)により、意思の自由を奪い、右貸付金につき、被強迫者・善治に、その管理も、処分も、法律行為も、事実行為もさせず、全く支配させない状態におき、

② 山本産業よりの貸付金の現実の流れにおいても、一度も被強迫者・善治の手もとに貸付金をおかせず、第三者・Aである恐喝者自ら山本産業から、直接、恐喝者・Aへ銀行送金の方法により、送金し、喝取した。

③ 恐喝者・Aが、貸付金につき、事実上の「積極的利得」を得ているものであり、被強迫者・善治には、事実上の「積極的利得」もない。

右「積極的利得」から、検討しても、民法第七〇三条の「利得」そのものは、問題とならない。

本件は「消極的利得」の問題ではない。

(4) 第三者・Aによる強迫(恐喝)と、被強迫者・善治の「利得」について

恐喝者である第三者・Aが、被強迫者・善治を、強迫(恐喝)し、被強迫者・善治と第三者以外の者・山本産業との間に金銭消費貸借契約を締結させ、連続して、強迫(恐喝)し、被強迫者・善治の意思の自由を奪い、且つ、自らが直接送金方法により現実に貸付金を、被強迫者・善治の手もとに一時的にでもさえ置かないようにさせ、貸付金について、その「利得」を全く得させないよう画策し、その管理も処分もさせず、法律行為も、事実行為もさせず、その貸付金・「利得」すべてを喝取した。

被強迫者・善治には、貸付金についての「利得」は、すべて恐喝者・Aに喝取されて、存在しない。

原審も、善治が、恐喝者・Aに送金するに動機がない、と明確に事実認定される。

(5) 関係者の「利得」の意思と事実上の「利得」とについて

※ 不当利得の「利得」と「利得」の意思

不当利得において、「利得」の意思は、その要件ではない。しかし、当初において、あるいは終局において、「利得」の意思を持ったかどうかは、不当利得の「利得」を判断するうえにとり、重要な基準となる。

当初においても、終局においても「利得」の意思がなければ、「利得」したとはいえない。

① Aの被強迫者・善治に対する、貸付金を「利得」させる意思・Aが貸付金を「利得」する意思

右強迫する第三者・Aは、当初より、被強迫者・善治を、形式上の借主とさせること、被強迫者・善治には右貸付金・「利得」を得させず、恐喝者・Aが、すべて喝取することを意図・画策し、右意図・画策どおりその結果においても、右貸付金・「利得」を、すべて喝取した。

被強迫者・善治に、貸付金・「利得」させる意思など毛頭なかった。

恐喝者・Aが、被強迫者・善治を、強迫(恐喝)してまで、尚、被強迫者・善治に、貸付金・「利得」をさせる(矛盾した)意思など終始持ち合わせていない。

② 被強迫者・善治の貸付金を「利得」する意思

被強迫者・善治は、恐喝者・Aに強迫(恐喝)され、貸付金を「利得」する意思など、終始持たなかった。

被強迫者・善治は、金銭消費貸借契約を締結する必要も、又貸付金につき、自ら使途する必要もなかった、(本件において、被強迫者・善治は、恐喝者・A自身が、貸付金を「利得」し、使途すること自体についても知らされなかった。)

被強追者・善治は、事実上においても、恐喝者・Aの強迫(恐喝)により、意思の自由を奪われ、且つ恐喝者・Aが、貸付金を直接、山本産業から、Aの支配する北斗道路の当座預金口座に送金する方法により、喝取されたもので、被強迫者・善治の手元に置いたこともなく、その管理も、処分も、法律行為も、事実行為もできず、貸付金を「利得」する意思も、貸付金を「利得」した事実もない。

③ 山本産業の貸付金についての使途の認識

山本産業は、貸付金が、善治が使途するものではなく、恐喝者・Aが使途することは、当初より認識していた。

山本産業は、貸付金につき、直接、これまでに引続き恐喝者・Aに送金したものであり、当初より、恐喝者・Aが「利得」することを認識していた。

(三) 不当利得の法令適用の誤りについて

本件、事実認定において、第三者(A)による強迫(恐喝)を事実認定され、その法的評価において、被強迫者(善治)に、観念的に、貸付金について、事実上の「利得」があると評価され、被強迫者・善治の「現存利益」を評価されることは、明らかな法令適用の誤りである。

(1) 第三者・Aによる強迫(恐喝)の原審の事実認定は、被強迫者・善治に「利得」を得させない、第三者・Aが被強迫者・善治の「利得」をすべて喝取することの事実認定を前提として事実認定されたものである。

第三者・Aの強迫(恐喝)の原審の事実認定は、単に、第三者・Aが、被強迫者・善治を強迫(恐喝)しただけではない。原審の事実認定には、第三者・Aが、貸付金による「利得」を、喝取により、被強迫者・善治には「利得」させず、第三者・Aが「利得」したことを、当然前提として、事実認定されている。

右第三者・Aが強迫(恐喝)により、被強迫者・善治よりその貸付金「利得」を喝取したことを各事実認定され乍ら、尚、被強迫者・善治にも「利得」があるとの法的評価は、明らかな第三者による強迫(恐喝)についての法令適用の誤りである。第三者による強迫の経験法則・社会通念を無視されるものである。

(2) 第三者・Aは、強迫(恐喝)により、被強迫者・善治に、金銭消費貸借契約を締結させ、形式上の借主とさせたが、貸付金につき、強迫(恐喝)により、意思の自由を奪い、且つ現実に手もとにも置かさせず、強迫状態の継続中に、ただちに第三者・Aが、(その配下の酒井種夫に指示し)山本産業から恐喝者・Aに送金し、右貸付金を喝取した。典型的な第三者の強迫による事案で、第三者・Aが貸付金を「利得」を喝取したケースである。被強迫者・善治に、事実上の「利得」があると判断されることは、あまりにも観念的であり、第三者(A)による強迫(恐喝)の実態そのものを、無視されるものである。

※ 本件は、不当利得の問題とされるが、Aの山本産業に対する被強迫者・善治を道具とした間接正犯的な不法行為とも考えられる。

※ 恐喝者・Aと被強迫者・善治との共同不法行為と観念的に構成されたとしても、被強迫者・善治は緊急避難により、違法性がなく、不法行為も成立しない事案である。

(四) 金銭債権の特殊性の問題

本件金銭債権であるが、金銭消費貸借契約締結による貸付金は、特定されたまま、恐喝者・Aにより、恐喝者・Aに送金された(具体的には、恐喝者・Aの配下・酒井種夫により、恐喝者・Aグループの北斗道路に送金された)。被強迫者・善治は、貸付金を自己の金員と混同させたこともなく、または両替したこともなく、銀行に預け入れたこともない。金銭債権の特殊性は問題とならない。

※ 学説・不当利得と金銭債権の特殊性を論じたものとして、

① 「自分の金銭と混同させ、または、両替し、あるいは銀行に預け入れてから、Cのために使用しても、Aの金銭でCの利益をはかったと社会観念上認められるだけの連結がある場合には、なお不当利得の成立要件としての因果関係を認める」とされる(我妻栄、民法講義九七九頁、岩波書店)。

「金銭を騙取されることによって生ずる損失と、その金銭によって生ずる利得との間の因果関係の直接性を金銭の所有権によって決定しようとする判例理論は、この点において改められなけらばならない。そして、それに代わる基準は、金銭的価値の移動を追跡してその同一性を認識する社会的観念でなければならないだろう」とされる(我妻栄、同九八〇頁)。

② 尚、「利得者の固有財産から分別されない、独自の定在を欠く『受けた金銭』については、川村説によれば、例外的な事象を除いて、『受けた利益』を確定額の金銭債務に観念化させるのであるから、そこには利得返還請求権は通常の金銭債権として現われるのであり、その結果、利得債務者が危険を負担することになるのであろうか。」とされる(旧注釈民法(18)・田中整爾・四八一頁 有斐閣)。

2 最高裁判所第三小法廷平成三年一一月一九日判決・民集四五巻八〇号一二〇九頁を第三者の強迫をこじつけた類型

※ 本件は、第三者の強迫(恐喝)の事案であり、右最高裁判所第三小法廷判決の事案は、強迫の事案ではないが、原審が本件の参照判例とされるので、第三者の強迫にこじつけて分析する。

尚、第三者の強迫であっても、第三者の強迫が、単なる第三者の「強迫としての強迫」なのか、当該第三者が恐喝するための「恐喝としての強迫」なのか、被強迫者の利得において、全く異なる。

※ 右最高裁判所第三小法廷判決は、本件事案とは全く異にするものであり、右判例を、本件事案の参照判例とされたことは、分析不足であり、右が、法令適用を誤らせた。

※ 尚、学説において、論じられる強迫の事例は、

「相手方の強迫」を理由として、契約を取消す場合の事例ばかりであり、

「第三者の強迫」を理由として、契約を取消す場合の事例はない。

(一)(1) (第三者の強迫による金銭消費貸借契約の締結)

被強迫者が、第三者に、強迫(脅追)され、金銭消費貸借契約を締結さされ、実質上において交付を受けさされた。

※ 右事例における第三者の強迫は、単なる第三者の脅迫における強迫であり、当該第三者が喝取するための恐喝における強迫ではない。

(2) (被強迫者の任意による金員の交付)

① 被強迫者が、右金員について、一旦、被強迫者に入り、特定ができず、その後、第三者よりの強迫(脅迫)の状況を脱した後、右金員相当につき、管理も処分も、法律行為も、事実行為もできる間に、

※ (1)と(2)①の段階で、

被強迫者に「利得」があることには学説・判例においても異論はないと思われる。

② 被強迫者が、強迫(脅迫)した第三者以外の者に、任意に、右金員に該当する金員を、交付したとき。

※ ②の段階で、

「現存利益」もあることにも、学説・判例において異論はないと思われる。

(3) (被強迫者の取消)

その後に、被強迫者は、第三者の強迫を理由に(1)の金銭消費貸借契約を取消した。

※ (3)の段階で

被強迫者は「悪意者」とされることにも、学説・判例には異論はないと思われる。

※ 強迫者が、被強迫者に、強迫(恐喝)してまで「利得」のみを得させる「第三者の強迫」など、本来ありえない。

※ 仮りに、強迫者が被強迫者に「利得」を得さすべく強迫(恐喝)し、被強迫者が「利得」を得た場合、被強迫者が第三者の強迫を理由に取消すこともない。

(二) 右の類型の被強迫者には、民法第七〇三条の「利得」はあるものであり、民法第七〇三条の「現存利益」についてもある。

※ このような第三者による強迫(恐喝)のケースはない。

強迫者が、被強迫者に「利得」を得さすべく、強迫(恐喝)することはありえない。

二、判決に影響を及ぼすことが明らかであること

右一1のとおり、上告人・善治が「利益ヲ受ケ」た者(民法第七〇三条の利得者)に該当しない以上、上告人・善治は、不当利得返還義務を負わないものであるから、原判決が、上告人・善治に対し、不当利得の返還として金二九四一万七九一七円の支払を命じたのは誤りである。

従って、判決に影響を及ぼすことは明らかである。

第二点 原判決は、理由不備の違法がある。

一、 原判決の理由不備

1 原判決は、

「右のとおり、控訴人は本件消費貸借契約の成立時に、少なくとも、三〇三三万七〇〇〇円(北斗道路の当座預金口座に振込まれた金額)の交付を受けたところ、本件消費貸借契約が取消されたことにより、同金額を法律上の原因なくして利得したものというべきである。」「右金額は北斗道路の当座預貯金口座に振り込まれたが、これは控訴人の指示によるもので、被控訴人・控訴人間に金員の交付があったと認めざるを得ない」「以上、右交付の時点で控訴人は同金額を利得したというべきであり」とされ、

「控訴人の利得の認定」をされる(原判決、一八枚目裏四行目乃至一九枚目表五行目)。

※ 控訴人・善治の指示と事実摘示されるが、控訴人・善治がAより恐喝を事実認定され、控訴人・善治において、送金する動機がないとの事実認定されていることからすると、明確には、Aの指示であることが前提事実とされる。

2(一) しかし、原判決は、本件消費貸借契約の成立要件である「金銭其他ノ物ヲ受取ルニ因リテ其効力ヲ生ス」(民法第五八七条)にいう「受取ル」(すなわち、要物性)の概念・解釈と「利益ヲ受ケ」(民法第七〇三条)の概念・解釈とを混同され適用されている。

(二) 本件消費貸借契約としては、現実の金員授受がなくとも、借主とさされた上告人・善治の指示(事実は指示していない)により、金三〇三三万七〇〇〇円が北斗道路の当座預金口座に振込まれたことにより、「金員の交付があった」と認定され、要物性緩和の一態様として「受取ル」に該当し、同契約は成立する。

このことは、あくまでも民法第五八七条の問題にすぎない。

(三) 本件消費貸借契約の要物性が充たされているとしても、このことが直ちに、上告人・善治が「利益ヲ受ケ」(民法七〇三条)たことにはならない。

「受取ル」(民法第五八七条)と「利益ヲ受ケ」(民法第七〇三条)とは、別個の概念であり、別個の問題である。

上告人・善治が、現実に三〇三三万七〇〇〇円を受取っていないことは、原判決も認められている。

(四) しかるに、原判決は、本件消費貸借契約が成立し、交付を受けた(要物性を充たす)との法的評価があれば、不当利得として、民法第七〇三条の「利益ヲ受ケ」に該当すると、そのまま、直ちに判断されたものである。

(五) 従って、原判決は、上告人・善治が「利益ヲ受ケ」(民法第七〇三条)たか否かについて、何らの理由を附さないで、民法第七〇三条を適用したものであり、理由不備の違法がある。

3 そして、原判決によれば、本件消費貸借契約は、強迫による意思表示として取消されたのであるから、同契約の成立要件としての要物性に関する事実である北斗道路の当座預金口座への振り込みについての上告人・善治の指図も取消されているのであり、本件消費貸借契約に関係する法律要件事実は全て存在しないと考えなければならない。本件消費貸借契約の要件事実自体は、不当利得とは無関係の事実である。

不当利得は、本件消費貸借契約での法的(評価を受けた)事実ではなく、本件消費貸借契約とは無関係の裸の事実によらなければならない。

従って、不当利得においては、右指図による振り込みによって、被上告人・山本産業から上告人・善治に対して、金員の「交付があった」ということはできない。

本件では、単純に、被上告人・山本産業が北斗道路の当座預金口座に右金員を振り込んだのであるから、不当利得における「利得」は、北斗道路ないし恐喝者・Aが「利益ヲ受ケ」たものである。

4 原判決の如く、上告人・善治に「利得」が認められるのは、本件振り込みによって、上告人・善治が北斗道路ないしAに対し、債務を負っていてこれを返済する場合、あるいは、新たな貸付のために金員を交付する場合等のように、北斗道路ないしAが右振込金を法律上正当に取得することができる結果、上告人・善治が債務消滅、貸付金債権取得その他の利益を得る場合に限られるものである。

しかし、本件では、原判決も正当に認定されたとおり、右当座預金口座への振り込みは、恐喝者・Aの恐喝の結果なされたものであり、北斗道路ないしAは右振込金を正当に取得することはできない。上告人・善治は、当時、北斗道路ないしAに対し、何らの債務を負っていなかったし、又、貸付行為をしたこともなく、右振込みにより、債務消滅、貸付金債権取得その他何らの利益をも得ていない。

二、 よって、上告人・善治は、何らの利得も得ていない。

にもかかわらず、原判決が上告人・善治の利得を認定されたのは、何らの理由も示されておらず、理由不備の違法がある。

第三点 原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな原審の釈明権不行使による、釈明義務違背による弁論主義違背・審理不尽の違法がある。

一、 釈明義務違背・審理不尽

1 本件において、

(一)(1) 不当利得の「利得」があるのかどうか。

(2) 不当利得の「利得」がある場合、「現存利益」は、あるのかどうか、

全くの法的評価の問題である。

(二) 上告人・善治は、不当利得`がないと答弁したが、

右は、

(1) 不当利得の「利得」がない

と確信しての主張であり、

(2) 仮りに、不当利得の「利得」があるとすれば、「現存利益」がないとの抗弁の法的意味を有している。

上告人・善治の、原審における事実上の主張には、仮りに不当利得の「利得」があると仮定するのであれば、当然に、「現存利益」はないとの事実上の抗弁をしている。

2 原審において、少なくとも、明確に、不当利得についての「利得」あるいは「現存利益」について釈明を求められるべきである。

尚、被上告人・山本産業の不当利得の予備的主張は、第二審である原審において始めて主張されたものであり、不当利得についての実質審理は全くなされていない。

すなわち、被上告人・山本産業は、予備的主張である不当利得の原因事実として「控訴人・善治は被控訴人・山本産業から貸金として、二九四一万七九一七円の交付を受けたところ、本件消費貸借契約の取消しが認められる以上、右金員を利得すべき法律上の原因を欠くうえ、利得について悪意であるから、被控訴人・山本産業に対し、右金員及びこれに対する利息の返還義務を負う。」としか主張していない(原判決五枚目表一〇行目乃至同裏四行目)。

しかし、原審は、原判決において、貸金が(Aの恐喝によって)北斗道路の当座預金口座に振込まれた事実を認定されている。

とすれば、原審は、善治が、山本産業から右金員の交付を受けていない事実を認定されているのであり、被上告人・山本産業の予備的主張は、不当利得の原因事実としては、極めて不十分であり。

にもかかわらず、原審は、山本産業に対し、何ら請求原因事実を明確にさせることもせず、また、この結果、善治に対しても「利得」について釈明することもなく、本件における不当利得について、実質的な審理をされないまま弁論を終結されたものである。

3 上告人・善治は、「利得」はないと確信するが、予備的抗弁として、「現存利益」はないと抗弁するものである。

二、 右のとおり原判決には、釈明権不行使による弁論主義違背、また、審理不尽の違法があるところ、不当利得について、実質的に審理をしていれば、上告人・善治に利得が存在しないことが前記第一のとおり明らかになったものであり、判決に影響を及ぼすことが明らかである。

以上、いづれの点からみても原判決は違法であり、破棄されるべきである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例